http://www.tokinosumika.com/illumination/gallery.html
↑ここ、行ってみたいです。
時之栖っていう静岡でやってるイルミネーション。
300mもあるらしい!
明るくてキラキラしてて、ロマンチックやなぁ(^_^)
* * *
読売新聞に、印象的な記事があったので、
今日はそれをテーマにしてみようと思います。
「クレーマー現象の危うさ」という小見出しで始まるこの生地は、
何らかの事件が起きるたびに「悪役」が名指しされ、集中豪雨的な批判を浴びる
という最近の冷静を欠いたバッシングに対して一石投じています。
その記事を書いた人の意見では、
いけないことはいけないし、その人たちに落ち度があるけど、
それでもこうしたバッシングがエスカレートするのは、
「今という時代」を象徴しているんじゃないかと述べています。
たしかに亀田騒動や、少し前では建築偽装問題を見ていると、
「いくらなんでもやりすぎじゃないか?」と感じることはあったけど、
そう思う自分もただ単純にマスコミが暴走しているとしか考えなかった。
しかし、問題になっているのはマスコミの過剰報道だけでなく、
教育の問題を教師に押し付けようとする点や、病院を悪としてみる点に注目する
と、
「市民社会の機能不全」に問題があると、また難しい言葉で新聞には書かれていま
す。
要するに、市民は教育とか医療のシステムの中の当事者の一人なのに、
市民がそれを「システムの外部に自分はいる」と勘違いしたときに、
筋の通らない悪いクレーマーになってしまうんだそうです。
それから、「何かを攻撃して、社会にろうせきしたルサンチマン(弱いものが強い
ものに抱く憎しみ)を吐き出したい」
という欲求が時代の流れの中にあるんじゃないかと。
難しいことばを並べられて、すっかりオーバーヒート気味になってしまいました
が、
自分なりの言葉で租借すると、クレームを言う側の「思いやりが足りてない」って
ことなのでしょうか。
偽装問題や亀田の話を見ていると、ついつい「他人事」になって、
厳しい意見を言ってしまうけれど、
「自分事」として考えてみると、ウソをついてしまうこともあるし、
何かに執着しすぎているときは頭に血が上ってエスカレートしちゃうこともある
なぁと。
他人のことをとやかく言えない自分に気づいたりするのです。
まぁ。いけないことはいけない!っていう前提なのだけど。
怒りたくなるまえに、その人たちから学ぶことがたくさんあるなと思ってしまいま
した。
自分事にしても、ちっとも納得がいかないことに関しては、
思いっきり怒っていいと思いますが。
というような考察では甘いですかね(> <;)
クレーマー現象について考えてみました。


